　私の名前はミーニャ。中村家の飼い猫です。毛並みは真っ白。耳は薄いピンクで、眼は
パッチリ。純粋の日本ネコです。そこいらの雑種とは格が違います。それだけに、食べ物
には少し贅沢かもしれません。

　私の好物は削りたてのカツオ節。でも、スーパーのカツオ・パックも悪くはないです。安物のネコ缶には食欲がわきません。

　台所の片隅に、私の食膳があります。金属製のお皿に私の御飯が入っています。近くまで行くと、匂いで中身が分かります。嫌いな缶詰のときには、見向きもしません。すると、この家の御主人が花カツオを混ぜてごまかそうとするのです。カモフラージュという汚い手法です。確かに、匂いだけは魅力的になります。だけど、そんな単純なトリックに騙されるようでは、日本ネコの沽券に関わります。私は、少し匂いを嗅いでから、フン！と顔を背けます。私を欺こうとする御主人に怒りを表現しているのです。
　御主人は決まり文句の怒声を発します。

　私は、最初にこれを聞いたとき、とてもショックでした。私が野良猫
だって？　そんなはずはない！
　しかし、悲しいかな、いくら考えても私には母親の記憶がないのです。物心ついたときには、私は此処の奥さんの腕に抱かれていました。今のマンションではなく、別の場所でした。立派な庭がありました。そこで、トカゲを獲ったことを憶えていますから。
　当時は、御夫婦と四人の娘さんが居ました。だけど、娘さんたちは次々に家を出て行き、三年前には、私の母親ともいうべき奥さんまでもが、救急車で何処かに運ばれていきました。今では、御主人と末娘と私の三人が広いマンションに暮らしています。私は奥さんの部屋を占領しています。そして、奥さんのベッドに寝ます。でも、私のお気に入りは、床暖房の効いたリビングのフロアーです。出来るだけだらしない格好で床の上に寝ます。実は、御主人がその寝姿が可愛いと思ってくれていることに薄々気づいているのです。

　奥さんが居なくなってから、昼間は床暖房が切ってあります。スイッチのあるところを知っているのですが、私の手の届かない場所です。仕方なく、また、自分の部屋に戻り、昔のことを想い出しながら眠ることにしています。

　私には素晴らしい想い出があります。ずっと前のことですが、私は飛行機というものに乗って海を渡りました。アメリカという国です。そこの家は、とても大きくて、広い芝生の庭がありました。その庭には、驚いたことに、小鳥やリスたちがやってくるのです。

　エキサイティング！　私は広い庭を駆け回りました。ハンティングに夢中でした。彼らは素早くてなかなか掴まりません。時には上手く行くこともありました。私は得意顔で、獲物を口にくわえて家に戻ります。御主人に見せて自慢したかったのです。ところが、何故か叱られました。それでも、私はハンティングを止めませんでした。あんな楽しいことはありませんでした。

　その私も16歳になりました。御主人に言わせると、そろそろ寿命だそうです。自分でも衰えを感じます。マンションの小さな庭でバッタをみかけることがありますが、それほど興味が湧いてこないのです。以前なら、興奮のあまり、心臓がドキドキしたものです。最近では、リビングの食卓に飛び乗るのに失敗して、恥をかくこともあります。
　それでも、私は威厳を忘れません。嫌いなものは嫌いとハッキリ態度に示そうと思います。だって、私はノラではないのですから。

　そして、もっと長くこの家を守ってやろうと、心に決めています。少なくとも、私の母親である奥さんが帰ってくるまでは・・・・

　　　　　　　　　　　　　　　　　（了）