宇部の岩村さんが亡くなった。それも２ヶ月近く前のことだ。全く知らなかった。現役時代なら万障繰り合わせて葬儀に参列したはずだが、引退した身では遠くから御冥福を祈るしかない。
岩村さんと初めて会ったのは、1997年、私が宇部興産のアメリカ子会社から帰任し、東京本社の環境部門・事業部長の辞令をもらってから直ぐのこと。宇部での環境事業には行政との関係が重要ということで、宇部市の要人を表敬訪問した。市長、助役、市民環境部長らに挨拶を済ませ、最後に市議会を訪問した。
当時の議長は山下さん。副議長が岩村さんだった。街の噂では、どちらもアンチ・宇部興産として定評があった。山下議長と簡単な挨拶を済ませ、次に岩村さんと面会した。私が名刺を出した途端に、宇部弁まるだしのダミ声が返ってきた。
「最初に言うちょくがな。ワシは興産がキライじゃけんな。東京から挨拶に来たくらいじゃ詰まらんでよ。興産の社長でも年に一度正月に名刺を置いて帰るくらいのもんじゃから。」
この先制パンチは効いた。顎にアッパーカットの直撃を喰らったように感じた。何と失礼な男だ。宇部興産の役員に対して初対面の挨拶でそんな言い方はないだろう。内心の怒りを抑えながら、発言のチャンスを窺った。
「過去には色々問題もあったと聞いていますが、これからは頻繁に連絡させて頂きますので、宜しくお願いします。」
「そんなこと言うても、アンタも口だけｴや。どうせ、来年の正月まで来りゃへんｲﾔ。ワシには分かっちょらいヤ。」
このことがあってから、私は少し意地になって宇部に出張の都度、頻繁に岩村さんを訪問するようになった。最初は固く身構えていた岩村さんも次第に打ち解けてくるようになった。宇部の郊外、小野田市に近いところに岩村さんの実家・岩村金物店があった。その２階が岩村さんの書斎件応接室になっている。そこに招かれるようになってからは、岩村さんも随分本音で話すようになった。１時間のアポイントが時には２時間にも３時間にもなった。
岩村さんは非常に雄弁で、黙って聞いているとドンドン話が広がっていく。途中で口をはさんで軌道修正しないと、帰るタイミングすら失ってしまう。また、岩村さんはとても正義感が強く、根っからの熱血漢でもある。小さな不正も黙って見過ごすことは出来ない。だから、他人を非難する声も自然に大きく、表現も露骨になる。そこが岩村さんの魅力だと気付くまでにかなりの時間がかかった。
また、岩村さんはとても短気で、のんびり構えるのが苦手だ。何度かゴルフを一緒にプレイしたが、岩村さんのショットは到底真似できない。普通はショットの前に素振りがあり、その後、足場を固めてアドレスするのだが、岩村さんはクラブを振り上げながら足早にボールに近づき、ボールの横に立った瞬間にクラブを振り下ろす。アドレスも何もあったものではない。
岩村さんのプレイはお世辞にも上手とはいえないが、一度、ショートホールでバーディをとったことがある。その時の喜びようは大変なものだった。高々と右手でクラブを掲げ大声で何か叫んだかと思うと、喜色満面の顔をこちらに向けた。少年のような笑顔に、私も嬉しくなってしまった。
こうして、岩村さんとは段々親しくなりお互いに友人として意識するようになったが、その陰で骨を折ってくれたＤ氏の存在を忘れてはならない。Ｄ氏は、当時、宇部の営業マンで私の部下だったが、行政の面々だけでなく、大学、研究所といった公の機関には足繁く通って、宇部興産の宇部における顔のような存在だった。私が東京に勤務しながら、宇部の地方政治に少しはモノが言えるようになったのは、まさに、Ｄ氏のお陰といっても過言ではない。
岩村さんは、その前向きな政治姿勢が評価され、市議会では正義長を務めるなど、徐々に存在感を高めていった。環境問題についても非常によく勉強し、時には鋭い質問を受けることもあった。また、宇部興産との溝も次第に埋まっていき、遂には宇部興産出身の議員が作る会派と岩村さんの会派が合同連立し、宇部市議会で最大の会派が誕生するまでになった。
岩村さんは、市議会だけでなく青少年の育成にも力を注いだ。自ら岩村幼稚園の園長として幼児教育までも熱心に取組んだ。そして、2003年、それまでの業績が認められて、秋の叙勲で藍綬褒章を受章した。私はこの時、「日ごろの言動からは信じられない受賞、おめでとう御座います。」という意味の祝電を送ったが、後に、本人から「アンタの祝電が一番面白かった。」と、お褒め（？）の言葉を頂戴した。
祝賀パーティが宇部全日空ホテルで開かれたが、不慣れなタキシードに身を包んだ岩村さんは、些か緊張の面持ちで出席者の前で挨拶した。岩村さんの真面目なスピーチを初めて聞いたが、なかなか上手だったように記憶している。
その岩村さんも、二度目の議長を務める
2005年の5月頃から、身体の不調を口に
するようになった。普段は決して泣き言を
言わない人だが、一度私に「身体がエライ
でよ〜。」と弱音を吐いたことがある。
私の方も宇部興産を退任して殆んど宇部に
行かなくなった。最後にお目にかかったのは、
その年の11月。宇部まつりの日に偶然お会い
した。少しやつれた感じはあったが、未だ現役
議長として活躍されていた。
私は励ましの言葉を送って別れた。それが
最後になった。暑中見舞いや年賀状のやり
取りだけは続いたが、電話で話すこともなく、
てっきり元気で活躍されていることと思って
いた。
ところが、11月になって上京された宇部の
方から、岩村さんが亡くなったことを聞いた。
まさか、と思って色々調べてみると、矢張り、
9月8日に逝去されたことが確認された。
享年65歳。
岩村さん、宇部市議会での長期間のお勤め御苦労様でした。今はゆっくり
お休み下さい。
合掌・・・
[2007年11月3日記〕
