8年ほど前、アメリカに駐在していたときの話です。ある日、コロラド州デンバーに出張しました。此処は西部劇の舞台として使われるようなところで、デンバーの町から少し離れると映画で見たような田舎町となります。アメリカには
”インディアン・リザベーション” といって昔のアメリカインディアンの保護区があちらこちらに設けられていますが、この地方には特に保護区がたくさんあります。インディアンの子孫たちは普通の仕事に就いている人も多いですが、一部仕事に就けない人たちのために保護区内では特別にカジノの営業が許可されています。カジノといってもラスベガスにあるような大がかりなものではなく、スロットルマシンを並べた日本の小さなパチンコ屋のようなところです。
私たちは時間つぶしに一軒のカジノに入りました。私はルーレットなら少しは自信があるのですが、スロットルマシンでは勝ったためしがありません。その日も早々に予定の300ドルを使い果たして、連れの男が終わるのを待っていました。ところが、彼のゲームは慎重でゆっくりゆっくりゲームを楽しんでいてなかなか終わりません。手持ち無沙汰になった私は、もう50ドルだけ投資することにしました。ラスベガスのカジノならワン・ゲーム10ドルとか20ドルの台がありますが、此処はワン・ゲーム25セントなので50ドルでも相当長く楽しめるのです。それでも、20分もすると私のコインは残りわずかになってきました。連れの男はコインを皿一杯にして頑張っています。もう50ドル投資しようかどうか考えていたときのことです。私の台の中央の回転板に何やら変な模様がそろったのです。それが何を意味するのか判断できずに連れの男に訊こうとした途端、台の上にある赤ランプが点灯しサイレンの音と同時にグルグル回り出したのです。私は、一瞬、台が壊れたのかと思いました。しかし、サイレンの音に振り返った連れの男が興奮して「ジャック・ポットだ！」と叫んだのです。
私の台の皿にはコインがジャラジャラ音を立てて出てきます。大当たりは1万倍なので2500ドル分のコインが出てくる勘定です。私は慌ててコインを皿から掻きだすことに熱中しました。何時の間にか連れの男も側に来て私を手伝っています。やがて、コインが止まると蝶ネクタイを付けた黒い背広の男がやってきました。この店の支配人のようです。男は私にソーシャル・セキュリティー・カードを見せろと言いました。 アメリカでは住民登録をするとソーシャル・セキュリティー・ナンバーというものをくれます。国民背番号のようなものです。そのナンバーの入ったカードを要求されたのです。普通はそんなものを持ち歩かないので、私はパスポートを出し、自分のセキュリティー・ナンバーをメモして男に渡しました。男は不審そうな顔で暫く待つように言って奥に入っていきました。15分も待ったでしょうか。男が出てきました。手には黒皮のホルダーのようなものを持っています。私のところまで来ると、おもむろにホルダーを開きました。中には小切手が入っていました。男は小切手を私に手渡すと握手を求め、”コングラチュレーション！”
と言うと、さっさと奥に引っ込んでいきました。私たちは大勢の客の羨ましそうな視線の中を意気揚々と引き上げました。
この話には後日談があります。その年の暮れのことです。私宛てに税務署から一枚の紙切れが送られてきました。それには、コロラドのカジノで得た2500ドルを所得として申告するよう書かれていました。つまり、あのカジノはギャンブルの賞金を経費として処理したのです。
ところで、日本人駐在員の給料は、通常、税金を会社が支払うネット保証なので、私がもし2500ドルを総合所得に加えるとその税金分を会社が支払わなければならなくなります。そこで、私はどうしたか。それは此処では言えません。
（2004年1月
記）
